“デジタル庁” 創設時から深刻な「人材不足」とお粗末な人事【甲斐誠】
「デジタル国家戦略 失敗つづきの理由」集中連載【第2回】
◆幹部人事
デジタル庁発足1カ月前になっても、事務方の実質トップである「デジタル監」人事は一向に固まらなかった。「日本のインターネットの父」と呼ばれる慶応大の村井純教授やDeNA会長の南場智子氏ら数人の名前が浮かんでは消えていった。一時はIT系企業幹部の女性を念頭に人選を進めていたようだが、条件に合う人材が見つからず、途中から性別に関係なく、候補者を探すようになった。当時の平井卓也デジタル改革担当相は6月に都内で開かれた講演で「民間から素晴らしい方を選定しようと思う。意中の人はいる」と発言していた。村井教授や、当時の菅首相と太いパイプを持つIT企業フューチャー(東京)の創業者である金丸恭文氏らの名前も一部で取り沙汰されていたが、結局、マサチューセッツ工科大メディアラボで所長を務めた伊藤穣一氏が起用されることになった。
「初代デジタル監に伊藤氏」。2021年8月5日、テレビや新聞が相次いで伊藤氏のデジタル監就任を報道し始めた。投資家やIT実業家としての実績を持ち、2011年にはメディアラボ所長に就任し、国内でもテレビ番組を始め各種メディアに登場するなど知名度があった。インターネット草創期に国内で民間サイトを立ち上げるなどネット業界では独自の地歩を築いてきた人物でもあり、妥当な人事にも思われた。しかし、デジタル庁幹部への内定で、伊藤氏が所長を退く要因となった経緯に世間の関心が集まるようになった。
それは「エプスタイン事件」として知られる、少女らへの性的虐待などの罪で起訴された米国の富豪ジェフリー・エプスタイン元被告(勾留中に死亡)から、メディアラボが資金援助を受けていた不祥事だ。所長だった伊藤氏は責任を取り、19年に辞任した。デジタル監は約600人の職員を束ね、新設するデジタル相を補佐する立場だ。幹部としての資質に疑問を抱く意見がネットを中心に渦巻き、一度まとまった人事が急きょ白紙となり、関係者が候補者探しに奔走した。
デジタル庁発足まで残り1週間となった8月25日、急浮上したのは一橋大名誉教授の石倉洋子氏だった。企業経営が専門で、米国留学経験を持つ国際派だ。上智大卒業後、フリーランスを経て外資系コンサルティング会社に務めていたこともある。民間企業の実態にも詳しく、IT系スタートアップの育成も視野に入れるデジタル庁にとって好都合だった。当時既に72歳と高齢であることが懸念材料だったが、候補者の一人と目された元内閣情報通信政策監、遠藤紘一氏が77歳であることに比べれば若かった。
政府関係者によると、デジタル監の年収は2千万円を超えるが、IT企業の役員報酬には見劣りするという。常勤職のため、業界団体の役職や社外取締役などとの二足のわらじも履けない。短期間で民間企業の有為な人材を口説き落とし、呼び込むのは土台無理な話だった。常勤職に就いておらず、ITに詳しく、中央省庁の事務方トップが務まる人材を短期間で探すのは極めて困難だったという。
ただ、石倉氏は、突然もたらされた幹部就任を「人生でこんなチャレンジはあまりない」と好意的に受け取り、快諾した。デジタル庁では、少女への性的虐待などのスキャンダルの影響でご破算になった人事の影響で、期せずして当初構想していた女性の事務方トップが実現することになった。
(第3回へ つづく)
文:甲斐誠
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<内容>
■過去を振り返れば、日本のデジタル国家戦略は失敗の連続だった。高い目標を掲げながらも先送りや未達成を余儀なくされるケースが多かった。なぜ失敗つづきだったのか? どうすれば良かったのか? 政府主導のデジタル化戦略の現場を密着取材してきた記者がつぶさに見てきたものとは何だったのか? 一般のビジネスマンや生活者の視点もまじえながら、「失敗の理由」を赤裸々に描写する。
■そこには、日本の組織や人材の劣化があった。読者は他人事とは思えない「失敗する組織」の構造を目の当たりにするだろう。
■さらに、先進IT技術の導入による社会変革、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が急展開する中、われわれはどう適応し、どうやって無事に生き残っていくべきか? 「デジタル化失敗の理由」を20個厳選し、必須知識として本文中に詰め込んだ。
■セキュリティの厳しさから、DX推進の総本山であるはずのデジタル庁は、中央省庁の職員でさえ敷居が高く、全貌が見えにくい。急激に変貌する社会とわれわれはどう付き合っていけば良いのか? 本書ではデジタル庁とその周辺で今後起きる事態を予測しつつ、読者に役立つ知識を提供する。
<目次>
まえがき 日本のデジタル国家戦略は、なぜ失敗しつづけるのか
第一章 即席官庁
理由1■創設前夜
・時間365日
・地方でも都市並みを提言
・イット?
理由2■15番目の省庁
・人集め
・虎ノ門から紀尾井タワーへ
・幹部人事
理由3■デジタル庁始動
・新しい社会を
・リボルビングドア
・誓約書
・総裁選不出馬
第二章 監視社会
理由4■エルサルバドル仮想通貨大失敗のゆくえ
・ビットコインを法定通貨に
・ビットコインの街
理由5■GPS管理される社員こそ本物の社畜
・リモートワークで暴走する社員管理
・「部屋を見せて」
・ウェブ閲覧履歴はどこまで見られているのか
理由6■社内メールで懲戒になる例とは?
・東京都職員の例
・心理的安全性
・情報はどこまで守ってもらえるのか
第三章 未完のマイナンバー
理由7■マイナンバーと口座の紐付けをぶち上げた総務大臣の苦杯
・コストパフォーマンスが悪過ぎる
・口座紐付け
理由8■取った方が良いのか
・キャバ嬢のケース
・張り込み週刊誌記者の場合
理由9■始まりは「国民総背番号制」
・70年代に検討取りやめ
・多数の不正利用
・3度目の挑戦
理由10■マイナンバーの登場、そして利用範囲の拡大
・相次いだトラブル
・信頼なき社会
第四章 相次いで登場した政府開発アプリ
理由11■政府が推奨したCOCOA、失敗の原因
・不具合
・8・5倍に膨らんだ契約額
理由12■オリパラアプリ、思わぬ副産物
・アプリ一つに73億円
・転用、使い道広がる
・電子接種証明書を開発
第五章 システムとデータで日本統一
理由13■アマゾンを採用した日本政府
・政府調達で日本企業の参加なし
・システムトラブル
・外資にやられる日本
理由14■システム統一の野望
・17業務
・書かない窓口の普及
・自治体は国の端末になるのか
第六章 デジタル敗戦からデジタル統治への野望
理由15■敗北の実態
・本当に負けていたのか
・加古川方式
理由16■新たな統治構造
・役所から人が消える日
・デジタル庁が思い描く未来
・未来社会の到来を阻む障害とは
・ネオラッダイト
理由17■サイバー攻撃に耐えられるデジタル統治国家なんて幻想
・世界初の国家標的型サイバー攻撃
理由18■ウクライナvsロシアのサイバー戦争から何を学ぶか
・サイバー空間での攻防
・オンライン演説行脚
・対策は?
第七章 デジタル社会の海図
理由19■日本は大丈夫か
・日本のサイバーセキュリティの現状は?
・デジタル人材の育成は進むのか
・移民受け入れで「開国」要求
理由20■われわれは何を信じ、どこまで関わるべきなのか
・信用できるネット社会
・ベースレジストリに漏洩の恐れはないのか
・法令データ検索
・岸田政権が掲げたデジタル田園都市構想のゆくえ
あとがき デジタル管理社会は日本人を幸せにできるのか